アニメファンやオタクが集まる街「秋葉原」はなぜ聖地になったのか?

世界中にファンがいる日本のアニメですが、そんなアニメ好きの方から一度は訪れたい場所と言われているのが東京の「秋葉原」です。

秋葉原はオタクと呼ばれるアニメやゲーム、コスプレなどのマニアたちが集う「聖地」です。アニメやグッズのお店、アニメに出てくるようなメイド服を着たスタッフが働くカフェなどが密集しています。

今回は、なぜオタクは秋葉原に集まるようになったのか?そもそも、「オタク」とはどういう人たちのことを指すのか等、日本のオタクカルチャーとその聖地・秋葉原について詳しく紹介します。

オタクってどんな人たち?

日本のアニメ好きな人なら「オタク」という言葉を一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。

「オタク」とはアニメやマンガ、ゲームなどの熱狂的で、かつ自宅などに引きこもるなど閉鎖的な文化をもつ人達のことです。最近は、アニメだけでなくアイドルのファンなど、もう少し幅広い分野のファンを指します。

「オタク」という言葉が出てきたのは1980年代前半と言われています。熱狂的なアニメファンたちが相手の二人称「あなた」の代わりに「お宅」という言葉を使ったことを揶揄して呼ばれるようになりました。

当時はオタクのイメージは良くありませんでしたが、オタクをモデルにした本や映画が出るようになり、海外でも日本のアニメの人気が出たことで、オタクのイメージはかなり良くなりました。

秋葉原はなぜ「オタクの聖地」なの?

では何故オタクの聖地が「秋葉原」になったのでしょうか?

もともと秋葉原は「電気街」と言われるほど、家庭用電化製品を売る店が多くありました。1980年代には、全国の家電需要の1割をカバーしていたと言われています。時代の変化とともに、家電製品の販売からパソコン部品や電子部品の卸業のお店が増えていきました。

このパソコン部品を買いに来た当時のパソコンマニアたちの中には、アニメやゲーム好きの人も多くいました。そして徐々にアニメやゲーム関連のフィギュアやコスプレグッズなどが増えていったのが、「オタクの聖地・秋葉原」の始まりです。

さらに時代が進むとパソコン部品もインターネットで購入するようになり、パソコン関連のお店がどんどん閉店していきました。そのかわりに、メイドカフェなどアニメの女性キャラクターのような女性が接客するお店が増え、さらに秋葉原はオタクの聖地化していきました。

オタク文化と秋葉原の歩行者天国

オタクの聖地・秋葉原を語るうえで欠かせないのが、1973年から続いていた秋葉原の歩行者天国です。

特に秋葉原のオタク文化が全盛期だった時代、コスプレーヤーやパフォーマーたちの絶好の表現の場となっていました。

しかし、2008年に無差別通り魔事件が発生し、7人もの犠牲者を出したことで、秋葉原の雰囲気は一変します。その事件をきっかけに、防犯上の問題が指摘され歩行者天国は中止されることとなりました。

歩行者天国は2011年に復活していますが、曜日や規模などを縮小した上、パフォーマンスなどは禁止されています。

まとめ

世界中のアニメファンが憧れる聖地「秋葉原」。時代の流れとともに、様々な形で変化しています。

歩行者天国の廃止やオフィスビルが増えたことで、今はオタク一色という雰囲気ではなくなりつつあります。海外からの観光客も増えていることもあり、様々な人が集まるようになり、オタク文化やアニメ文化に触れてみたいという人にも楽しみやすい雰囲気になってきています。

アニメ好きの方はもちろん、日本のポップカルチャーに触れてみたいという方も、日本に行く機会があれば是非行ってみてはいかがでしょうか。

【参考リンク】
秋葉原の観光情報やオタク文化を発信する〜アキバの歩き方 〜 【秋葉原のオタク文化】驚くべき歴史とは!いつからアキバは聖地になったのか?

nippon.com ~ オタク文化、海外へ

「今さら聞けない」言葉の意味を教えます ~ 「オタク」の意味知っていますか?正しい使い方とは?

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